「えっ、同世代のご近所さんが亡くなった」
このニュースを聞いたとき、正直ドキッとした。だって息子と同級生の子がいるような家庭だ。ついこの前まで普通にスーパーで買い物していたはずの人が、いきなり「いなくなる」。そんなこと、想像したくてもできない。
アラフィフになってからというもの、こうした話を耳にする頻度が一気に増えた。しかもパターンが似ている。半年ほど前までは何の問題もなく日常を送っていたのに、病が発覚したら早い。あっという間に数ヶ月。今回のケースも3ヶ月で幕を下ろしてしまったそうだ。
これ、もう他人事ではない。
「お前もそういう年齢だぞ」と、誰かに肩をトントン叩かれた気がした。
じゃあ大家業はいつまで?
私はサラリーマン兼大家として、不動産を買い進めてきた。
DIYでガレージの壁を塗ったり、入居者募集に奔走したりと、忙しいながらも楽しい毎日を送っている。けれど、ふと考えることがある。
「これって、いつまでやるのが正解なんだろう?」
不動産投資の目的は?
老後の安心? 家族への資産? それとも自分の人生の楽しみ?
もし仮に「あと3ヶ月で終わり」と知らされたら、私はどんな行動をとるのだろう。ブログを書いている場合じゃない? それとも逆に「死ぬまでブログ更新!」と意地を張るのか。
“Die with ZERO”を意識した大家人生
最近よく耳にする「Die with ZERO」という考え方。
要は「貯めこんで死ぬな、人生を楽しんでから死ね」という話だ。私も本を読んだ。
確かに、不動産を増やしてキャッシュフローを積み上げるのは楽しい。でも気づけば「もっと買える、もっと増やせる」とゲーム感覚になってしまう。気がついたら体力も寿命も残りゲージが赤点滅……そんな未来は避けたい。
だからこそ、バランスが大事だ。
不動産をやめろという話ではない。続けながらも「今を楽しむ」ことを忘れない。その両立こそが最高だと思う。
我が人生に悔いなし、と言えるか?
もし今日、医者から「余命3ヶ月」と宣告されたら――。
私は「我が人生に悔いなし」と言えるのだろうか?
「もっと家族と旅行しておけばよかった」
「もっと仲間と酒を飲んで笑っていたかった」
「もっと自分のための時間を大事にすれば良かった」
きっと、いろんな“もっと”が頭をよぎるはずだ。
だからこそ、今からでも遅くはない。
死は予測できないけど、今を楽しむ選択はできる。
不動産投資は未来のため。だけど同時に、今の人生を豊かにする道具でもあるはずだ。
まとめ
大家業に夢中になりつつも、「明日死ぬかもしれない」ぐらいの気持ちでバランスを取ること。
そして最後は、布団の中でこう言いたい。
「我が人生に悔いなし!」
そのために今朝も物件で汗を流し、時には乾杯する。
――不動産投資とは、人生そのものの縮図かもしれない。
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